note:Words in the World

言葉 思考の断片 伝えたい、言葉
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あの夏

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     泳ぎに行くのだろう小学生の、Tシャツの下にはスクール水着。
     夏の薄い生地に透けるゼッケン「3年2組」。
     ビニールバッグの中に丸め込まれたバスタオル。
     懐かしい夏を思い出させる。
     家から膨らましてきた浮き輪を自分の首に引っ掛けて、
    「もしも溺れたら、ここから空気を吸うんだぜ」
     えらそうに言いながら空気穴をプッと開けた君。
     見る間に萎んでいく浮き輪に、慌てて息を吹き込んだっけ。
    「でも自分が溺れてても、浮き輪は浮いてるから空気は吸えないんじゃん」
     冷静なツッコミを入れたあいつは、その年、海で死んだ。
    「だから、浮き輪持ってけって」
     君は怒ったように言った。言いながら、大粒の涙を流した。
    「もう海には行かない」
     そう言ったのに、君は海辺の町へ引っ越していった。
     10年以上も経って、急に葉書なんか寄越して『この辺りの浜辺はキレイです。一度来てみたら?』なんて、あの時の言葉は忘れてしまったのかしらん。

     地面に落ちる影の濃さに眩暈を覚える。
     額の汗を拭い、Tシャツの袖を捲り上げる。
     通りの店の軒先に踊る『氷』の文字を横目に見ながら、葉書のリターンを確認する。
     住所はこの辺りのはず。
     やる気なさそうに顔を撫でる風が、微かに潮を含んでいて、ようやく海辺の町を実感する。
    「お前、まだ25メートル泳げないの? 教えてやろっか?」
     日に焼けて黒光りすらしてた肌。笑うと見える八重歯の白さが際立って、いつも笑ってしまった。
     『氷』に誘われたわけでもなく、店に入って葉書を見せる。
    「すみません、この住所って……」
     いきなり日陰の店内は、目が馴れないせいか、ずいぶん暗い。
    「ああ、すぐ近くっすよ」
     そう言った店員の口元から、やけに白い八重歯がのぞく。
    「覚えてた? 今年、あいつの13回忌」
     冷静なツッコミを入れるあいつは空の上で、気の利いたことの言えない僕は、ただただ笑った。

     それから、少し、泣いた。
    掌編小説 | permalink | comments(2) | trackbacks(0) | - | -

    この記事に対するコメント

    こんにちは。

    このお話が好きです。

    これからも頑張ってください。
    nana | 2007/08/06 8:33 PM
    管理者の承認待ちコメントです。
    - | 2015/02/17 7:02 PM
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